コロナ後の教育で気を付けたい「子ども扱い」

今まで意識して使い分けてきた言葉があります。 「勉強と学習」 ●勉強とは、勉め強いるということで、本来は気の進まないことをやらせること。 ●学習とは、学び習うことで、まねをしながら(真似び)、自分のものにする(慣らう)こと。 学習の方が主体性にあふれていると感じているので、基本的には学習、学ぶという言葉を使ってきました。 今回、日本中の学校のオンライン化の流れを受けて、休校の対応としてオンライン授業を始めた学校があります。その様子を見ていると、子どもたちだけで自分から学習することは難しく、何も与えられなければ何も学ばないということが起こりました。 学校は子どもたちに勉強させることを望み、子どもたちも学校に勉強させられに通っていた。そして、保護者は子供が勉強させられていないと不安であった。ということが明らかになったのではないでしょうか。 (その背景には、日本の労働についても労働時間で評価され、労働内容で評価されないので、学校も授業時間数のみを大切にし、何を習得したかでは評価されないということもありそうです。) 「まだ子どもだから」ということで、中学生・高校になってからも、学校は子どもたちを子ども扱いし、勉強させてきた。

子どもたちも、「まだ子どもだから」として、自分の力で考えることなく、学校や親や塾から言われたことをただやってきた。

保護者も「まだ子どもだから」と考えて、自分の子どもにはこうなってほしいという期待に従って、目の前の勉強をしてくれることを望んできた。

これからの教育を考えるときに、まずは、この子どもたちを「まだ子どもだから」と子ども扱いすることをやめていきませんか。



中学生・高校生になれば、自分たちで色々な事を考えて、自分たちで行動していけるはずです。


それに対して、学校や保護者が口を出すから、自分たちで行動しなくなる。言われたことだけやって、息抜きを探すようになる。子どもたちだって、今学ばなければ、将来のためにならないことには何となく気づいている。でも、自分の経験と、今まで見てきた大人の数と、大人と子どもたちの時間感覚が違うから、うまく実感が持てずに行動できない。そこを繰り返し、伝えてあげながら、行動するかは本人に任せていくほうがいいですよね。そっちを子どもたちに関わる大人の役割にしていきましょう。


2011年、私はフィンランドの現地校で日本語の教員として過ごしました。PISAにおいてよい結果を出したフィンランドの教育について、現場の様子を見たいというのが目的でした。そこで感じた社会の違いを今でも覚えています。


無理に学校で勉強をさせても仕方ない。自分たちで決めさせてやればよいという小学校。普通高校に進む生徒は当時50%で、中学を卒業して専門学校にいったり、働いたりする子がいるのも普通で自分が卒業後の進路を決める中学校。大学に行きたい子はよい成績をとって行けばよいけれど、大学まで無料だからいつでも学びなおそうと思う時に行けばよいという選択肢を残した高校。学びなおしたい人には、失業手当が出て、費用もかからず学びなおせる環境の大人。というように、人生の選択を自らがすることを社会全体が共有しているようでした。(※これは私が地方都市にいたからかもしれませんが)


このフィンランドの、自分の人生を自分で決めている感じが当時の私にとって衝撃的で、帰国後から子どもたちと、どうやって自分の人生を決めていくかを考えていこうと話していました。今、改めて中高生を子ども扱いせず、どうすれば彼らの自らの選択をサポートしていくことができるのかを考える時期に来ていると思います。


そのためには、大人たちもが世の中のことをしっかり勉強していかなければなりません。とりあえず、成績を上げて良い大学に行ってなさいとか、教員に言われたまま動くようにしていなさいとか言っていたらダメですよね。


子どもたちを「自分で考える人」として扱い、それに必要な情報をきちんと提供していくことで支援していきましょう。

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