top of page

18回 日常から脱する

 日本人学校では、多くの生徒との別れがあった。毎月のように転出していく生徒がいた。中学校全体で、1年の間に、約100名の生徒が転出していった年もあった。転出の際には、色紙を渡すこともある。そこには、生徒たちがみんなのコメントを集めるわけだが、私もコメントを頼まれることが何度もあった。そこには、いつも同じフレーズを書いてきた。


 「本を読め、人に会え、旅に出よ」


 私は、この言葉を、秋田の国際教養大学の教授とお話したときにお聞きした。それ以来、ずっと使い続けている。出どころは、かつて文芸春秋社の社長であった池島信平さんのものであるらしい。


 1つ目の読書は、色々な人の人生を追体験させてくれる。それは現代に生きる人から、数百年前に生きた人まで非常に幅広い。さらに、フィクションであれば、時空を超えて、未来の話や過去の話、まったく別の世界の話など、様々な場面において、誰かの人生をたったの数時間で体験できる。こんなに効率的な話はない。私たちは、それぞれの人生の時間を生きている。その限られた時間の中で、自分だけならば1度限りの人生を体験するだけであるが、本を読むことでそこに描かれた多くの人の人生を追体験することができる。まるで、人生を歩む自分の横で、本で読んだ人が一緒に歩いてくれているかのようである。きっと、これからの人生を考えるときや、自分の人生で岐路に立ったときに、選択の力になってくれるはずである。


 2つ目の人に会うことも同じである。自分の人生の中で、自分だけから学べることは限られている。それならば、学ぶリソースは増やしたほうがいい。色々な種類の人に会うことで、自分の幅を広げていくことができるはずである。なるべく新しい人に会うことを意識していくことで、自分の人生のモデルになる人が見つかるかもしれない。もちろん最近は、動画でもその人の考えなどはよく分かる。動画だけだと一方的に聞くだけで終わってしまうので、できれば質問をしたり、自分の考えについて意見をいただくようなやり取りがあったほうがより良い。


 最後は、旅に出ること。シンガポールにお住まいの皆さんは、この価値を体感されていることと思う。場所が変わるだけで、常識が大きく変わることがある。違う常識の環境に身を置くことで、これまでの自分を振り返ることができる。今までとは別の視点で、今までの自分を見ることで、人生におけるこれからの自分を考えることにつながる。そのためには、自分から旅に出ること、日常を離れていったことのない場所に行ってみることが大切である。これも連れて行かれるのではなく、自分で行き先を選んでいることで得られるものをより多くなるはずである。


bottom of page