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教育に関わるすべての人・これから教員を目指す人は「暗殺教室」を見たほうが良い4つの理由

 教員生活を取り扱った漫画やアニメは多くありますが、1つのおすすめが暗殺教室です。今まで10年以上、教員として働いてきた私が、2020年になって初めて暗殺教室を見ました。(※今さら)中学生の生徒から薦められて見たのですが、本当に面白く、教員としての大切な要素がたくさん詰まっていました。今日は、教員の視点から、暗殺教室から学ぶことをあげていきたいと思います。


そもそものストーリーは、以下の通りです。


ある日突然、進学校「椚ヶ丘中学校」の成績・素行不良者を集めた3年E組のもとに、防衛省の人間と異形な姿をした謎の生物がやって来た。マッハ20で空を飛び、月の7割を破壊して常時三日月の状態にしてしまった危険な生物は「来年3月までに自分を殺せなければ地球を破壊する」ことを宣言したうえ、「椚ヶ丘中学校3年E組」の担任教師となることを希望した。
意味の分からない要望に政府は戸惑いつつも、3年E組の生徒に「謎の生物の暗殺」を依頼。生徒たちは最初こそ戸惑うが、「成功報酬:100億円」のために殺る気を出す。その生物=殺せんせー(ころせんせー)の存在とその目的を把握しているのは、日本をはじめ各国の首脳陣といったほんの一部の人間のみで、「殺せんせーの存在や殺せんせーの暗殺に携わっていることを、家族を含めた第三者へ絶対に口外してはならない。口外した場合は“記憶消去処置”を施される」「殺せんせーは、3年E組の生徒に絶対に危害を加えてはいけない。ただし、その家族友人は対象外」などの様々な決まりの下に、生徒達は殺せんせーを様々な手段で暗殺しようと試みるが、毎回殺せんせーの素早さと予測不能の行動で阻止され、逆に殺せんせーによる手入れを受けることになってしまう。
しかし、いざ授業が始まってみると暗殺者と標的という異常な状況ながら、多くの生徒たちは殺せんせーの指導と手入れによってこの暗殺教室を楽しみ、今までの「学校中から差別された底辺学級」としてではない前向きな学校生活を送るようになっていく。その一方、生徒の他にも殺せんせーを暗殺するため、世界中から暗殺者が送り込まれてくるのだった。



1.学校での集団の管理の方法を、客観的に見直すことができる


 そもそもこのE組の設定は、進学校椚ヶ丘中学校で落ちこぼれた子たちを集めたクラスであるエンドのE組。この学校では、ごく少数の生徒を差別することで、大半の生徒が緊張感と優越感を持ち頑張るという仕組みが成り立っています。この仕組をつくったのは、この学校を急速に進学校として成長させた理事長です。先生も生徒も、「E組みたいになるな」という台詞を使って、勉強へのモチベーションを保ちます。理事長は以下のようにこの学校の仕組みを話します。

私が目指すのは、5%の怠け者と、95%の働き者がいる集団です。E組のようにはなりたくない、E組には行きたくない。95%の生徒がそう強く思うことで、この理想は達成できる。成績底辺の生徒が一般の生徒に逆らうこと。それは私の方針では許されない。ー暗殺教室アニメ第6話より引用

 この様子、クラス分けの自由な私立学校で起こることということだけではなくて、1つのクラスの中で起こることもあるんです。教員と生徒が一緒になって、弱い生徒をいじってしまうような構図です。そのことにより、クラスに一体感が出てしまうこともあり、教員もよく使ってしまう方法です。教員が、学校でクラスという集団を管理することを意識しすぎてしまうと、ついついこの方法を使ってしまいます。そして、いじられる立場になった生徒は、そこから抜けられなくなります。教員としては、集団を大切にしすぎることなく、かならずどの生徒の立場にもたって考えることを常に意識しなければなりません。それが、次の学びに繋がります。




2.生徒を正面から見る大切さに改めて気づくことができる


マッハ20で怒られて、うねる触手で褒められた。この異常な教育が僕は普通に嬉しかった。この異常な先生は、僕らのことを正面から見てくれたから。ー暗殺教室アニメ第1話より引用

 主人公である生徒が、アニメ第1話の最後に語るセリフです。この暗殺教室の殺せんせーの生徒に対するよさは、このセリフにすべて表れています。生徒を一人の人間として尊重して接する。これは、何度も何度も言われることだとは思いますが、実践するのは簡単ではありません。ついつい、第一印象や噂でこの生徒はこういう子だとラベルを張ってしまったり、小さな言動でその生徒のすべての行動を良くも悪くも決めつけてしまったり、勉強や運動などの得意・不得意でその生徒のすべてを決めてしまったりということが多々あります。また、この学校にいるからこうだろう、このクラスに居るからこうだろうと、環境により生徒を決めつけてしまうこともあります。教員にとって、それらをすべて取り払って、生徒を一人の人として、正面から見ること。基本ですが、難しいことですね。 


 さらに、こんなセリフも出てきます。

「私は地球を滅ぼしますが、その前に君たちの先生です。君たちと真剣に向き合うことは、地球の終わりよりも重要なのです。」ー暗殺教室アニメ第2話より引用

 子どもたちにとって、教員が真剣であるか真剣でないかはすぐに見破られます。子どもたちの感覚はそれほどまでに鋭いです。もちろん、教育を仕事としてやることは大切です。24時間真剣な先生でいる必要があるというのでは、ありません。しかし、どんなときであっても、子どもたちに言うことはまず自分がやる。教員の真剣な行動が、教員の言葉の重みとなって、行動を通して、生徒たちに届くのです。

 また、殺せんせーは生徒たちの前でも自分をさらけ出します。女性が好きで、生徒たちと楽しい思い出をたくさん作りたくて、他の先生に生徒の人気をとられると拗ねる、何事も強引だけどなぜか憎めない。この様に、先生として完璧ではなくて、人間味に溢れた教員でいること。これも生徒たちと一人の人として尊重しているからこその接し方でしょう。





3.生徒それぞれの才能を見つけて、伸ばすことを考えることができる


「才能の種類は一つじゃない、君の才能にあった暗殺を探してください」ー暗殺教室アニメ第2話より引用

 野球をする子にはその子の筋肉の様子にあったプレイの方法をプロを例にして伝え、理科の得な子には自分の体を実験台として毒の調合をためさせ、工作が得意な子には工作を使った暗殺をさせるなどど、殺せんせーはそれぞれの生徒の長所を活かした関わり方をします。そして、生徒たちに自信をつけさせ、さらにそれを伸ばしていく気づきを与えます。

 また学習については、他の生徒が頑張った一方で、E組で一番学力が高い生徒が期末試験で上手く成果を出せなかったときに、殺せんせーは語ります。

彼は多くの才能に恵まれている。だが、力あるものは得てして未熟者です。本気でなくても勝ち続けてしまうために、本当の勝負を知らずに育つ危険性がある。大きな才能は負ける悔しさを早めに知れば大きく伸びます。テストとは、勝敗の意味を、強弱の意味を正しく教えるチャンスなのです。成功と挫折を胸いっぱいに吸い込みなさい生徒たちよ。勝つとは何か、負けるとはなにか、その意味を今。ー暗殺教室アニメ第16話より引用

 そして、何よりも定期試験対策として、殺せんせーが行う指導を、同僚の先生がこのように語ります。

一人ひとり問題が違うんだ。苦手教科や得意教科に合わせて、クラス全員の全問題を作り分けている。高度な知能とスピードを持ち、地球を滅ぼす危険生物。そんなやつの教師としての仕事は完璧に近い。ー暗殺教室アニメ第4話より引用

 殺せんせーは、マッハ20の速度を利用して、分身して、全生徒に個別指導します。さらに、教材も全員分をマッハ20で個別に作成してしまいます。もちろん、普通の人間には出来ないのですが、教育の方針としては正しいのではないかと思います。できる生徒にはより発展的な問題を、理解の足りていない生徒には定着を促す演習を。クラス全員を対象として一斉授業してしまうと、学習が進んでいる生徒は伸び残しが生まれ、学習が遅れている生徒には伸び悩みが生じます。これをクラスの力を活用して、生徒同士で教えあい解消していくのが学校での授業です。それにより、ただの教科の学習だけではなく、ソーシャルスキルなども成長していく。これが学校での集団授業の利点と言えます。

 それとは違い試験対策の勉強については、個別に指導することで最適化を測ることができます。現代の教育においては、殺せんせーの役割としてICTのリソースを活用して行うのが理想的でしょう。同じ教室にいても、全員が自分のペースで学習する。教員の工夫次第でできることなのではないでしょうか。あるビリギャルを育てたの坪田先生の塾が、個別指導でなく、子別指導をセールスポイントにされていますが、学校おいても同様のことが求められているのは確実です。子どもたちのそれぞれにあった指導を生活でも、学習でも行っていく。今までの一斉教育と、個別の教育のハイブリッドこそが、これからの教育が目指す形でしょう。



4.迷いながら子どもを育てるという、教員の楽しさを感じられる


 教員には自分の教育論があります。そして、その教育論は、教員だからといって全員が同じではありません。同じ教員という立場でも、違う教育論の人とぶつかることがあります。これは、教員を続ければ続けるほど経験することがあると思います。殺せんせーのエピソードの中で、暴力で容赦ない教育をしようとする他の教員に対して、自分の教育論を試されるような機会が訪れる。その場面で殺せんせーと、彼を理解をしている同僚の先生との会話です。


教師として一番嬉しい瞬間は、迷いながら自分が与えた教えに生徒がはっきり答えを出してくれたときです。ー暗殺教室アニメ第13話より引用

 また、生徒の進路についての、殺せんせーと同僚の先生の会話も非常に学ぶものがあります。


「将来は殺し屋になりたいと彼が言ったら、それでも迷わずに育てるのか?彼にはその才能がある。」
「答えに迷うでしょうね。ですが、迷わぬ教師などいない。本当に自分はベストの答えを教えているのか、内心は散々迷いながら、生徒の前では毅然として教えなければならない。決して迷いを悟られぬよう、堂々とね。だからこそ、カッコいいんです、先生という職業は。」ー暗殺教室アニメ第13話より引用

 そうなんですよ。教員って、実は正解なんて持ってないんです。いつも迷ってていい。それを理解できないと、教員という仕事が辛くなります。正解を持っていなくて悩んでいるのに、生徒の前では常に正解を期待されてしまう。教員って、演じるんです。殺せんせーが言うように、迷いながらも、生徒の前ではその時に自分が正解だと思ったことを自身をもって伝える。ここを楽しめるかが、教員という仕事を好きになるかに影響している気がします。そして、最後に同僚の先生が言います。

俺もこの教室ではまってしまっているのかもな、迷いながら子どもを育てる面白さに。ー暗殺教室アニメ第13話より引用

 迷いながらでいい、少しでも目の前の子どもたちに伝えたいことを伝えていくしかないのでしょう。こんなに楽しめる仕事ってないのではないかと思いますよ。本当に。



ここまで、暗殺教室から学ぶことができる教員としての大切な要素について書かせてもらいました。興味のある方は、ぜひとも見てみてください。お読みいただき、ありがとうございました!



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